【3月25日=バグダッド発 その12】
午後8時を過ぎると、バグダッドの街は急に「静か」になる。翌朝午前6時まで夜間外出禁止令が出ているからだ。以前は午後11時以降だった。しかしその「静けさ」で、空気は逆に「張り詰める」ように感じ、逆にこちらはちょっと緊張したりもする。
さて、先日家族の写真を掲載したアリ・サクバンだが、彼は映画「Little Birds」http://www.littlebirds.net/の中ではほとんど失業状態で、ときおり建設現場での日雇い労働をやっていた。2003年~2004年前半にかけてのころだ。
DVD「特典映像」に収録した「その後」では、一時期タクシードライバーをやっていたのだが、いまは自宅近くの市場で店を構えて野菜を売っている。
先週3月19日の朝、いつものように彼が店を開けようとしたところ、警察官が近くの路上に集まっていたので近寄ってみると、車の中から2人の遺体が発見されたところだった。
彼はいま、店を開ける前と夕方に閉める前に、必ず神にお祈りを捧げるという。
映画の中で彼はいわゆる一日5回のお祈りをしているシーンは一度もない。彼はシーア派のイスラム教徒だが、僕がこれまで取材したなかで、家の中でのお祈りやモスクに行ったことは一度もなかった。彼は「1年に一回ぐらいはモスクに行くが、普段は行かない。面倒だ」と言っていた。そんなイスラム教徒は別にイラクでは珍しくない。日本人の初詣と同じような感覚の人だっている。
彼の娘のゴフラン、一歳半のファティマは、家の上空を米軍のヘリコプターが飛ぶと、非常に怖がるという。外で遊ぶことが難しいなか、さらに家の中にいても、音の恐怖感を感じている。
いまバグダッドの街は、地上では米軍の姿が目立たなくなった。イラク軍兵士と、警察官、それから警察管轄の「治安部隊」があちこちに展開している。しかし、街の上空は何度も米軍のヘリコプターが旋回する毎日だ。
「仕事を終えて、無事に家に帰れるかどうか、いつも不安だ」と話す市民は多い。帰るときだけでなく、僕が泊まっているホテルの女性マネージャーは、先日出勤するときの路上で、3台前の車が爆発して破片が飛んできたという。
昨日書いたハディール家族も、サクバン家族にしても、自宅や自分のすぐ近くで、「誰かの死」が横たわっていた。僕の知っている人たちの周辺だけでも、こんな「死の確率」だ。それらの「死」を見たとき、彼ら以外でも、いま誰もが思うだろう。
「今度は自分かもしれない」。
バグダッドの街は市民にとって、本当にあらゆる場所で、「死」がすぐそこで待ち構えている最前線だ。
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綿井健陽 WATAI Takeharu
Homepage [綿井健陽 Web Journal]
http://www1.odn.ne.jp/watai
映画「Little Birds~イラク戦火の家族たち」
公式HP http://www.littlebirds.net/
全国各地で上映中
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初めてコメントします。いつも興味深く記事を拝読させていただいています。イラク戦争開戦からすでに3年が過ぎ、イラクの一般国民の様子がメディアに取り上げられることも減っています。しかし、現状は最悪です。いったいいつまで、イラクやパレスチナの人々はこの苦しみの中に身を置き続けなければいけないのでしょうか?
by H・M (2006-03-26 15:04)