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「死体は語る」

▼月刊「論座」8月号(朝日新聞社)書評 『イラク占領』パトリック・コバーン
http://opendoors.asahi.com/data/detail/8205.shtml

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今年も上半期が終わったのか。毎年のことだが早いね。

広島でこれまで会った人から、「今回はどこで発表するのですか?」と聞かれる。話を聞かれる人たちからすれば当然な質問なのかもしれないが、実はうまく答えられない。今回は特に自信がない。

これに限らず、僕の周りのフリーランスの人たちも、この手の質問に最初から答えられる人は結構少ないと思う。イラクだってそうだ。現地に入る前にあらかじめ発表媒体が決まっていることはほとんどなかった。今でもそうだ。「イラク取材に行きます」という趣旨の連絡はしても、それで「じゃあうちでやりましょう」という返事が返ってくることはほとんどない。取材をしていく途中で「見えてきたこと、わかってきたこと」を、企画内容として打診、提案してからでしか話は進まない。最終的にそれは成立しないことだって多々ある。フリーランスの場合、いつもそんな不安定な進め方だ。

このブログで書いていることは、あくまでも取材の中で感じたことや、その一部をちょっとだけ先に書いているだけだ。僕が知ったことすべてを書いているわけではない。知ったけれどもここでは書かないことの方がほとんどだ。書けないことも当然ある。この裁判はいま進行中だし、ましてや少年事件なのだから、かなり慎重にことを進めているつもりだ。

実は後からでは間に合わないと思って、ともかく弁護団の公判後会見の内容を全文に近い形でここに掲載しようと思っていた。僕が撮影したビデオ映像から正確に文字に起こすという作業を翌日からやってみたのだが、まったくもって時間がかかる。まだ終わっていない。この裁判に関して言えば、遺族の本村さんの方の話や会見はテレビや新聞で詳しく報じられるが、弁護団側の話は圧倒的に少ない。また基本的に弁護団側は特にテレビカメラが入った形での個別の取材にはこれまで応じていない。したがって僕はせめて弁護団側の会見内容だけでも詳しく報じたいと思っているんだけど、どうしよう?

「何が見えてくるのか、どんなことがわかってきたのか」という点に関して言えば、光市母子殺害事件のことで言えば、裁判自体もまだ始まったばかりで、これからさまざまなことが自分なりにわかってくると思っている。そもそもこれはやり直しの「差し戻し審」だ。でも、広島で何度もタクシーを利用したが、多くの運転手から「で、もう判決は出たんですか?」と聞かれた。みんな「死刑か、それとも無期か」という部分にしか関心がないようだ。NHKのニュースでも「元少年に対して死刑が適用されるかが争点です」とナレーションでよく紹介されるが、本当にそれだけがこの裁判の争点なのだろうか。

この3日間、法廷の中で元少年が直接話すところを聞き、その後で最終日に遺族の本村さんの会見を聞き、そして同じく最後に弁護団の会見での話を聞くと、実はそのどれもが三者三様で「響いてくる」のだった。程度の度合いはもちろんあるし、部分的に「それはどうかな?」というところもそれぞれあるが、やはり直接の声で聞くと「目の前にいる人」に心情が移る。

2日目の公判では傍聴席で少し居眠りしていた(!)佐木隆三氏だったが、被告が話す言葉に対しては厳しい見方だった。だがそれでも、「目の前にいる若者が、絞首台につるされる姿など想像したくもない」と毎日新聞の大阪本社版で書いていた(6月27日付)。確かに僕もそう思う。この「目の前の」という部分が重要だ。なぜなら、被害者の遺族以外で弁護団を批判する人たちの多くは、この元少年は「自分の目の前」にはいない。テレビの画面の中、しかも法廷イラスト・吹き替え・ナレーションだけの「元少年」なのだから。

恐らく世間の大方にとって被告の話や弁護団の話は、「信用できない」のだろう。本村さんの話に対しては「その通りだ」と反応しているのだろう。だが、こうしたさまざまな主張や話に対して、ある主張を裏付ける重要な証拠が存在する。

すでにこのブログのコメント欄でも指摘されているが(ネット上に掲載されているとは知らなかった。ありがとう)、被害者の遺体の痕跡だ。http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/column10-benron.htm 僕がこのことを初めて知ったのは今から一年前の最高裁判決の前日、安田弁護士の都内での講演だった。その詳細が「光市裁判 テレビはなぜ死刑を求めるのか」(インパクト出版会)に掲載されている。http://www.jca.apc.org/~impact/cgi-bin/book_list.cgi?mode=page&key=nenpo2006 そこで被害者の遺体に残された痕跡から、医師・医学博士の上野正彦氏(元東京都監察医務院長 「死体は語る」などの著者として有名)が鑑定書として指摘しているのでぜひ読んでみてほしい。いや、この裁判を読み解く上で極めて重要な資料だと思うので、「必ず」読んでほしい。

これを見ると、検察の主張と弁護団側の主張のどちらに説得力があるのかが少し見えてくる。もちろん全部ではない。これが判決を直接左右するかもわからない。だが、少なくとも「被害者の女性を両手で首を絞めた」「赤ちゃんを床に叩きつけた」という部分の「両手」「叩きつけた」という検察の主張に疑問がわいてくることだけは断言できる。亡くなった被害者の方の声にならない怒りや無念さとは別に、まさしく遺体が客観的に語りかけてくる。これらの遺体の痕跡についての判断は今後の公判で明らかにされるはずだ。

「弁護団は死刑廃止運動にこの裁判を利用している」という批判ばかりが世間を覆っているが、この弁護団は上記のようなことも含め、事件現場での事実をこれまでできる限り一つ一つ丁寧に解明してきた。むしろ検察側(あえて強調しておくが遺族側ではない)の方が、この裁判をこの国の死刑や量刑の基準として示そうとしている、もっと言えばこの裁判を日本の社会へ向けて、ある種の「見せしめ」として利用しようとしているとさえ僕には思えてくる。

以下、6月28日の公判終了後の弁護団会見でのやり取りのごく一部。ほかにも重要な部分はあるが取り急ぎ。

記者Q 最高裁が言った「死刑を回避する事情」は、(弁護団は)いちばんは何だと考えているか?

安田弁護士 真実です。彼が殺害行為をやってないということです。最高裁が認定した殺害行為は明らかに誤りだということです。それが第一の理由です。それから、これは死刑の回避の問題ではないんです。司法権の適正な行使の問題です。

記者Q 弁護団は「検察側が作り上げた物語だ」とおっしゃるが、本村さんは会見で「弁護団が作り上げたストーリーだ」と批判している。

安田弁護士 それはこれからの立証です。それは証拠を待ってからでしか話はできない。

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綿井健陽 WATAI Takeharu
Homepage [綿井健陽 Web Journal]
http://www1.odn.ne.jp/watai

映画「Little Birds~イラク戦火の家族たち」
公式HP http://www.littlebirds.net/
DVD発売・各地で上映中
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2007-07-01 20:29 

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